妻からの電話 | |
PHSの目覚まし音が鳴った。もう朝か。まだ猛烈に眠い。もう少し寝させて欲しい。かなり寝ボケた状態にありながら、私は そう思った。しかし、寝ボケていた私でも、徐々に何かが違うことに気付き始めた。この音楽、目覚まし音ではない。妻からの着信音である。慌てて電話に出た。 「まいける? 夜中にごめんね・・・」それまでに聞いたことが無いぐらい弱気な妻の声だった。この日の朝に陣痛促進剤を投与する予定だったのだが、それよりも前の段階で自然陣痛が始まったとのこと。これは後から聞いた話なのだが、昨日 私が20時に帰宅した後、21時頃から自然陣痛が始まったとのことだった。徐々に陣痛間隔が狭まり、朝方まで様子を見るつもりだったのだが、破水したため やむなく私に電話をかけたとのこと。 私の近しい知人に助産師がおり、彼女から「初産の場合は7割近くの人が破水するので、破水そのものに対して心配する必要は無い」との旨を聞いたことがあった私。そのため、妻の口から出た「破水」の言葉には全く動じなかった。しかし、電話機の向こうから聞こえる妻の悲鳴にも似た苦しそうな声が私を焦らせた。「これから すぐに向かう。それまで頑張って!」と言い、電話を切った。 急いで病院に向かうための支度を調えた。荷物は この日の朝に準備するつもりだったため、手付かずの状態だった。急いで荷物をリュックサックに詰め込んだのだが、焦りが手元を とことん狂わせた。 朝食として食べるつもりだった物は冷蔵庫に入っていたが、今は とても食べている暇は無い。だが、睡眠時間が1時間の状態で空腹のままという訳にはいかず。咄嗟に、最後に残っていた1本のバナナと祖国オーストリー製の炭酸入りスタミナ飲料のレッドブルを口にした。 忘れ物は無いか? 無いはず。すぐさま自転車に乗り、真夜中の街を走り抜けた。「無事でいてくれ・・・」私は頭の中で何度も そう叫びながら、必死で自転車のペダルをこいだ。 |
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