到着して愕然としたこと

 息も切れ切れに、病院に着いた。妻から電話を受け取ってから約30分が経過していた。病院の出入り口に行ったところ、深夜のため、時間外受付に行くよう案内が書かれていた。時間外受付に行ったところ、扉が手前と奥の2つがあった。手前の扉は自動で開いたが、奥の扉が開かない。必ず、何か手があるはずだ。私は あたりを見回した。インターホンが目に付いたので、ボタンを押した。だが、なかなか反応が無い。私は焦りというより苛立ちを感じ始めていた。そうしたところ、守衛が出てきて、私のことを不思議そうな顔で見つめた。「妻が破水したと聞いたので、駆けつけました」とだけ言ったところ、守衛は驚いた表情になりつつも、すぐさま私を通してくれた。

 私は病院内を音を立てないように必死で走った。唾を飲み込んだら、喉に突き刺さるような痛みを感じたが、今の私には気にしている余裕は全く無かった。妻の部屋に着き、中に入った私は愕然とした。てっきり、助産師が付き添ってくれているものだと(勝手に)思っていたのだが、部屋の中には妻が1人だけ。部屋に残されていた妻が、たった1人で陣痛に耐えていた。私は いてもたってもいられなくなり、すぐさま妻のそばに寄り添った。自転車を必死でこぎ、院内を走り回ったことにより、私の体は熱く、大量の汗が噴き出し、息をすることも ままならない。だが、今の私には そのようなことは どうでもよかった。

 普段の妻は、痛みや病気に対して弱音を吐いたことが無い。その妻が、まさに今 私の目の前で、今まで見せたことも無かったような辛そうな表情をし、弱音を吐き続けていた。妻が必死で 今までの経過を私に伝えようとするのだが、あまりの痛みに言葉が詰まり、まともに話すことすらできない状態だった。今の私には経過はどうでもいい。今、何とか妻を支えたい。それだけだった。

 陣痛を繰り返していくうちに、その間隔は確実に短くなっていた。陣痛が襲ってくるたび、妻は声にならない悲鳴をあげ、私の手を強く握りしめた。そばで見ている私、自分には無いはずの子宮が痛くなる思いだった。妻は こんなにも痛みに耐えているのに、自分は 言葉をかけ、手を握り、腰をさすることしかできない。世間一般でよく言われているし、自分も分かっていたはずだが、こういう時の男が いかに無力なのかを実際に体験して痛感した。

 だが、痛みに関しては どうすることもできないが、気持ちの部分は妻と一緒に背負っている。そう思うことにし、無力を痛感した自分に対する言い訳とし、自分に言い聞かせた。
 
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